Drakengard Official Guide Book
Mar. 24th, 2013 06:16 pm188-189
夢を見ていたのだろうか。 とてもなつかしい光景を見たような気がする。 何ひとつ思い出せないけれども、泣き出したくなるような胸苦しさだけは覚えている。 あのまま、ずっと夢を見続けていたかった。 たとえそれが悪夢であったとしても。
二度と目を覚まさぬようにと祈りながら眠りに落ち、眠りから覚めれば未だ生き続けていることに絶望する。 そんな朝を幾度繰り返してきたことだろう。 女神と呼ばれ、この身を封印という名の呪いに縛りつけられたその日から。
眠りの中にいるとき以外は、絶え間なく続く痛み。 オシルシと呼ばれるこの文字が、鋭い棘となり、焼けつく刃となる。 なぜ、こんな苦痛に耐えなければならないのだろう。 封印の女神と呼ばれる者だけが、なぜ?
「神は私たち人間が自らの手で世界を守ることをお望みなのよ」
よくあんなことが言えたものだと、フリアエは苦い思いを噛みしめる。 あのときはまさか自分が女神と呼ばれるようになるとは思いもしなかったから、他人事にすぎなかったから、平気であんな言葉を口にできた。
私たち人間が? 違う。 正確には女神だけが。 他の人間は何もしなくていい。 女神だけが苦痛と孤独の中にいれば、それですむ。 俗世の人々は時折、神殿や遙拝所に出向いて形ばかりの祈りを捧げていれば、何事もなく幸せに暮らしていける。
どうして、私だけが。 よりにもよって、この私が。 なぜ、他の人ではいけないの?
「この重い責務に耐えられる方だと思し召したからこそ、神はあなたをお選びになったのです」
封印の儀式を終えた後、神官長はそう言った。 そして、女神の果たすべき役割について懇々と説いた。 神官長の言葉を聞き流しながら、フリアエは全く別のことを考えていた。
神は本当に人間のことがわかっておいでなのかしら? 私なんかをお選びになったこと自体、大きな間違いのような気がするわ。 私よりもずっと我慢強い人なんていくらでもいる。 私よりも心が清らかな人だって。 それとも、私は神に憎まれているの? そうかもしれない。 神はこの世で一番罪深い人間を選ぶのかもしれない……。
それほど神に憎まれているのなら、あのとき死んでしまえばよかった。 どうして言えなかったのだろう。 私を放っておいて。 このまま死んでしまっても構わないから、と。
「フリアエ……許してくれ」
兄の声は震えていた。 その気持ちが痛いほどわかってしまったから、何も言えなかった。 もう二度と、目の前で家族に死なれたくない。 きつく握りしめてくる手から、その思いが伝わってきた。 だから。
思い出してはいけない。 これ以上。 フリアエはきつく目を閉じて、兄の面影を追い払う。 思
------
page 190
思い出せば余計につらい。
過去を忘れ、忘在から目を逸らす。
未来に何の望みも持てない者はそうやって生きていくしかないのだ。
何も考えない、何も感じない、何も。。。。それがこの五年間で学んだ生き方だった。
なのに、ここく連れていられてからというもの、余計なことばかり考えてしまう。昔のことばかり思い出してしまう。なぜだろう。
フリアエは目を開けた。ゆっくりと首を巡らす。
奇妙を色の柱と、奇妙な形の寝台。
毒々しいはど真っ赤な花と壊れた玩具が供えられ、供折、赤い目の兵士たちが祈りを捧げにやってくる。
フリアエは、その寝台に寝かされていた。
逃げ出すなど考えもしなかった。
ふたつの封印が破られてからというもの、オシルシがもたらす苦痛はほとんど耐え難いものになっていた。
時折体を起にすのがやっと、とても逃げられる状態ではなかったのだ。
この場所が、天使の教会の本拠地だというにとはわかっていた。
時折体を起にすのがやっと、とても逃げられる状態ではなかったのだ。
この場所が、天使の教会の本拠地だということはわかっていた。
帝国軍と呼んでいたものが、実は天使の教会の信者たちによる軍隊だということも、ここで知った。
そして、この狂信的な集団を束わる「司教」が、実は子供だということも。
下気味な子供だった。目の色が兵士たちと同じように赤いのはまだいい。
下気味なのは声だった。
可愛らしい子供の声だったかと思うと、突然、野太い男の声でしゃべり出したりするのだ。加えて、子供とは思えない言葉の数々。
あの子供は「神に愛されている」そうだけれども、もっと邪悪な何かに愛されているような気がする。
------
191
それとも、神とはもともと邪悪なものなのだろうか。悪意に満ちた存在だからこそ、世界の秩序を守る者を苦しめようとするのか。
「天使を語ってはならない。
天使を描ってはならない。
天使を書ってはならない。
天使を彫ってはならない。
天使を歌ってはならない。
天使の名を呼んではならない」
もうすっかり覚えてしまった天使の教会の「教義」が聞にえてくる。野太い声に続いて、兵士たちが同じ言葉を唱和する。彼らは事あるごとに、この詠教義を詠唱していた。彼らにとってそれは、とても大切な意味を持つ文句らしいのである。
天使の教会の教義は、フリアエの知っている教典とは全く違う。そもそも彼らの言う「天使」そのものがフリアエの知る天使とはずいぶん異なっている。天使が神の遣いであることに変わりはないのだが、彼らの言う天使は「 世界を無に帰す存在」らしい。天使の出現は世界の終わりを意味し、地上のすべての生命が失われるという。その恐ろしい役割ゆえに、語ってはならないとか描いてはならないと戒められているのだろう。
下意に全身が締めつけられた。息ができない。三つめの封印が破られたのだと知った
------
192
突き刺すような痛みに加えて、体の内側がわじ切られていくような痛み、骨という骨を紛々に潰されていくかのような痛み。
助けて。。。。。。
思わず兄の名を呼んでしまう。決して呼んではならないと自分に言い聞かせてきたというのに。あの苦しかった封印の儀式の最中ひたすら兄の名を呼び続けた。けれども、呼べばますますつらく苦しくなる。もう二度と兄の名を呼ぶまい、二度と思い出すまいと誓った。なのに。
何も考えてはいけない。私が感じている痛みは私のものじょない。私は何も感じない。だめだった。いつものように心の中を空にしても、苦痛は少しも薄らいでくれない。今までとは違う。世界の秩序を支える力がすべてのしかかってきているのだ。
なぜ私が? なぜ私だけが?助けて。お願い。いっそ殺して!
赤い目の子供が覗き込んでくる。その顔は笑っていた。苦痛にのたうち回る者を見るのが楽しくてたまらないとでも言いたげに。三つめの封印が破られたのだ。
天使の教会の目論見でおり。あとは最後の封印を残すのみ。
ただ、天使の教会の者たちは自らの手で女神を殺すことはできないらしい。それができるくらいなら、 封印が破られるより先に殺されていただろう。彼らの目的は、封印がすべて解けた後に出現する再生の卵だと聞いた。最終封印を解くために、彼らは何かを彼っている。自らの手で為し得ない何かを。
------
193
いつまで待てばいいの?私は早く楽になりたいのに。。。。
「司教」
聞き慣れた声がした。
民音。
首だけを動かして声のほうを見る。
イウヴァルトが赤い目の子供の前にひざまずいている。
「カイムは私にお任せを」
フリアエは、引きちぎられそうな痛みに逆らって身を起にした。
イウヴァルが伺をしようとしているのかわかった。
止めなければ。
イウヴァルは立ち上がると、赤い目の子供に深く一礼した。
声をかけるより先に視線がぶつかり合う。
イウヴァルが手を伸ばしてくる。
「俺は強い」
指先が頬に触れる。フリアエは動けなかった。
「俺は愛を知っている。天使への愛。君への愛」
イウヴァルの赤い目が恐ろしい。その目がゆっくりと近づいてくる。
「君は。。。だれ」
下思議そうにイウヴァルが首を傾げる。なぜ、そんなことを訊くのだろう?まさか。。。。
暗い子感にフリアエは身を震わせる。
「イウヴァル?」
------
194
呼びかけても応えはない。よはり。彼には目の前にいるのが誰なのか、全くわかっていないのだ。
イウヴァルトが小さく頭を振って踵を返す。体を起にしていられなくなって、フリアエは再び寝台に横たわった。
ごめんなさい、とつぶやく。もう何度めになるかわからない、度罪の言葉。兄ともに王宮を出ると決めたそのときから、ずっと心の中で謝り続けてきた。
イウヴァルトに対する気持ちが、単なる幼なじみくの好意でしかないと気づいたそのときから。
初恋だと思っていたのに。
いいえ、違う。
あれは恋なんかじゃなかった。
私の愚かな企み。
隣国から嫁いでいらしたお母さまのように、いつか私に遠う国へ嫁ぐのかもしれないと思うと、悲しかった。
イウヴァルトと結婚すれば、ずっとこの国にいられる。
イウヴァルトとカイム兄さまと私、三人でずった。
幼い日々はいつか去っていくものなのに、それを認めたくなかった。
王宮を去ると告げたとき、イウヴァルトの顔をまともに見られなかった。
嘘をついていたから。
たった一人の家族、そんな言葉でイウヴァルトを、自分自身をも騙した。
たった一人の家族だからついていく。。。いいえ、そうじゃない。
家族なんかじゃないほうがよかった。
兄妹でないほうがよかった。
もしも兄妹でなければ、私は。。。。
なんて罪深いこと!
神は罰を下したのだろうか。
女神の器に値しない者にオシルシを与え、平穏な暮らしを奪った。
それでも自らの罪を悔いるにとなく、ひたすら運命を呪い、恨み続ける愚か者に、神は呆れ果て、さらなる罰を与えた。
------
195
忘れようと努めたことを思い出さずにいられないように、残酷な再会を用意した。
にの苦痛も罰なのだろうか。
まだ民りない、おまえの罪はそれほどに重いのだと、そう神は告げているのだろうか。
でも、なぜ私だけが?
私だけじゃないのに。
罪深い人聞なんて、いくらでもいる。その人たちは何事もなく暮らしていけるのに、私一人が罰せられなければならないの?
ひどい。
そんなの許せない。
嫌いよ。
みんな大嫌。
封印なんて知らない。
世界なんて知らない。
何もかも壊れてしまえばいい。
みんな。。。みんな死んでしまえばいい。
心の奥底からわき上がる黒い感情に、フリアエは戦いた。
抑えても抑えても、しつこく頭をもたげてくる憎悪。
怨恨。
自分自身の心であるばがら、耐え難いほど醜い。
いや。。。。助けて。
兄さん。。。私を助けて。
自らに課した戒めを破り、フリアエはひたすら兄を呼び続けた。
------
197
2
丘陵地帯はまだ分厚い曇に覆われたままだった。
闇色の空下、緑の草原だったはずの大地は見る影もなく焼け爛れている。
せめて空が晴れていれば、ここまで殺伐とした印象は受けなかったかもしれない。
「世界の終わりとは、こんな光景なのかもしれめな」
ヴェルドレが暗澹とした面持ちでつぶやく。
その間にも、助けを求めるフリアエの声が切れ切れに聞こえてくる。
弱々しい声ではあったが、海の神殿よりも明らかに近い。
やはり空中要塞に囚われているのだろう。
にの上か、と重く垂れ込めた込を見上げたときだった。
「この匂いは。。。。やつがいる!」
カイム にもはっきりとわかった。
にの曇の真上にブラックドラゴンが、イウヴァルトがいる。
空中要塞くの侵入を阻むつもりなのか、或いは、にの前の決決をつけようと言うのか。
ーーードラゴソ族でありながら赤い目に甘んじた愚か者よ。恥を知れ!
ドラゴソが怒りの声を上げる。イウヴァルトの一件で、帝国兵たちが生まれながらに赤い目をしているわけではないことがわかった。
帝国を束わる者にからめ取られた証があの目の色だったのだ。
あのブラックドラゴソが俺の両親を殺したのか?それとも、他にも帝国の軍門に下ったブラックドラゴソがいるのか?
「我らが眷属で、闇の色を纏う者は極めて稀。まして人間どもの前に姿を現すとなると。。。。」
ドラゴソは曖昧に言葉を濁したが、おそらく同一のものだと考えて良いということだろう。
父と母を殺したブラックドラゴソが、よりにもよってイウヴァルトの契約手だとは。なんと皮肉たことか。
いや、かえってよかったのかもしれない。これてイウヴァルトに要らめ情けをかけずにすむ。
かつての友を心の底から憎むことができる。
「カイム、私も共に。。。」
ドラゴソが翼を広げるのを見て同行しようとするレオナールを、カイムは手を挙げて押し止めた。
来るた。決着は俺がつける。
しかし、と口どもるレオナールを無視するようにドラゴソが飛び立つ。この辺りの経緯については、レオナールよりもドラゴソのほうがよく知っている。これだけは何も言わなくてもわかってもらえるらしい。黒雲を突き破り、止空へと向かう。
ーーカイムよ、おまえに今の俺を倒すことができるかな。
嘲笑とともにイウヴァルトの声が降ってくる。ようやく雲が途切れ始める。開けた視界の片。隅に、それはいた。右に左にと黒い影が揺れる。速い。
ーーー黒き竜を駆りしイウヴァルト、侮れめぞ。
ドラゴソがうなった。炎が易々とかわされる。黒い疾風だと、あのときも思った。間違いない。あのブラックドラゴソだ。これでイウヴァルトを憎むことができる、敵として思う存分戦える、そう思っていたが、未だ胸の内にわだかまるものがある。
夢を見ていたのだろうか。 とてもなつかしい光景を見たような気がする。 何ひとつ思い出せないけれども、泣き出したくなるような胸苦しさだけは覚えている。 あのまま、ずっと夢を見続けていたかった。 たとえそれが悪夢であったとしても。
二度と目を覚まさぬようにと祈りながら眠りに落ち、眠りから覚めれば未だ生き続けていることに絶望する。 そんな朝を幾度繰り返してきたことだろう。 女神と呼ばれ、この身を封印という名の呪いに縛りつけられたその日から。
眠りの中にいるとき以外は、絶え間なく続く痛み。 オシルシと呼ばれるこの文字が、鋭い棘となり、焼けつく刃となる。 なぜ、こんな苦痛に耐えなければならないのだろう。 封印の女神と呼ばれる者だけが、なぜ?
「神は私たち人間が自らの手で世界を守ることをお望みなのよ」
よくあんなことが言えたものだと、フリアエは苦い思いを噛みしめる。 あのときはまさか自分が女神と呼ばれるようになるとは思いもしなかったから、他人事にすぎなかったから、平気であんな言葉を口にできた。
私たち人間が? 違う。 正確には女神だけが。 他の人間は何もしなくていい。 女神だけが苦痛と孤独の中にいれば、それですむ。 俗世の人々は時折、神殿や遙拝所に出向いて形ばかりの祈りを捧げていれば、何事もなく幸せに暮らしていける。
どうして、私だけが。 よりにもよって、この私が。 なぜ、他の人ではいけないの?
「この重い責務に耐えられる方だと思し召したからこそ、神はあなたをお選びになったのです」
封印の儀式を終えた後、神官長はそう言った。 そして、女神の果たすべき役割について懇々と説いた。 神官長の言葉を聞き流しながら、フリアエは全く別のことを考えていた。
神は本当に人間のことがわかっておいでなのかしら? 私なんかをお選びになったこと自体、大きな間違いのような気がするわ。 私よりもずっと我慢強い人なんていくらでもいる。 私よりも心が清らかな人だって。 それとも、私は神に憎まれているの? そうかもしれない。 神はこの世で一番罪深い人間を選ぶのかもしれない……。
それほど神に憎まれているのなら、あのとき死んでしまえばよかった。 どうして言えなかったのだろう。 私を放っておいて。 このまま死んでしまっても構わないから、と。
「フリアエ……許してくれ」
兄の声は震えていた。 その気持ちが痛いほどわかってしまったから、何も言えなかった。 もう二度と、目の前で家族に死なれたくない。 きつく握りしめてくる手から、その思いが伝わってきた。 だから。
思い出してはいけない。 これ以上。 フリアエはきつく目を閉じて、兄の面影を追い払う。 思
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page 190
思い出せば余計につらい。
過去を忘れ、忘在から目を逸らす。
未来に何の望みも持てない者はそうやって生きていくしかないのだ。
何も考えない、何も感じない、何も。。。。それがこの五年間で学んだ生き方だった。
なのに、ここく連れていられてからというもの、余計なことばかり考えてしまう。昔のことばかり思い出してしまう。なぜだろう。
フリアエは目を開けた。ゆっくりと首を巡らす。
奇妙を色の柱と、奇妙な形の寝台。
毒々しいはど真っ赤な花と壊れた玩具が供えられ、供折、赤い目の兵士たちが祈りを捧げにやってくる。
フリアエは、その寝台に寝かされていた。
逃げ出すなど考えもしなかった。
ふたつの封印が破られてからというもの、オシルシがもたらす苦痛はほとんど耐え難いものになっていた。
時折体を起にすのがやっと、とても逃げられる状態ではなかったのだ。
この場所が、天使の教会の本拠地だというにとはわかっていた。
時折体を起にすのがやっと、とても逃げられる状態ではなかったのだ。
この場所が、天使の教会の本拠地だということはわかっていた。
帝国軍と呼んでいたものが、実は天使の教会の信者たちによる軍隊だということも、ここで知った。
そして、この狂信的な集団を束わる「司教」が、実は子供だということも。
下気味な子供だった。目の色が兵士たちと同じように赤いのはまだいい。
下気味なのは声だった。
可愛らしい子供の声だったかと思うと、突然、野太い男の声でしゃべり出したりするのだ。加えて、子供とは思えない言葉の数々。
あの子供は「神に愛されている」そうだけれども、もっと邪悪な何かに愛されているような気がする。
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それとも、神とはもともと邪悪なものなのだろうか。悪意に満ちた存在だからこそ、世界の秩序を守る者を苦しめようとするのか。
「天使を語ってはならない。
天使を描ってはならない。
天使を書ってはならない。
天使を彫ってはならない。
天使を歌ってはならない。
天使の名を呼んではならない」
もうすっかり覚えてしまった天使の教会の「教義」が聞にえてくる。野太い声に続いて、兵士たちが同じ言葉を唱和する。彼らは事あるごとに、この詠教義を詠唱していた。彼らにとってそれは、とても大切な意味を持つ文句らしいのである。
天使の教会の教義は、フリアエの知っている教典とは全く違う。そもそも彼らの言う「天使」そのものがフリアエの知る天使とはずいぶん異なっている。天使が神の遣いであることに変わりはないのだが、彼らの言う天使は「 世界を無に帰す存在」らしい。天使の出現は世界の終わりを意味し、地上のすべての生命が失われるという。その恐ろしい役割ゆえに、語ってはならないとか描いてはならないと戒められているのだろう。
下意に全身が締めつけられた。息ができない。三つめの封印が破られたのだと知った
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突き刺すような痛みに加えて、体の内側がわじ切られていくような痛み、骨という骨を紛々に潰されていくかのような痛み。
助けて。。。。。。
思わず兄の名を呼んでしまう。決して呼んではならないと自分に言い聞かせてきたというのに。あの苦しかった封印の儀式の最中ひたすら兄の名を呼び続けた。けれども、呼べばますますつらく苦しくなる。もう二度と兄の名を呼ぶまい、二度と思い出すまいと誓った。なのに。
何も考えてはいけない。私が感じている痛みは私のものじょない。私は何も感じない。だめだった。いつものように心の中を空にしても、苦痛は少しも薄らいでくれない。今までとは違う。世界の秩序を支える力がすべてのしかかってきているのだ。
なぜ私が? なぜ私だけが?助けて。お願い。いっそ殺して!
赤い目の子供が覗き込んでくる。その顔は笑っていた。苦痛にのたうち回る者を見るのが楽しくてたまらないとでも言いたげに。三つめの封印が破られたのだ。
天使の教会の目論見でおり。あとは最後の封印を残すのみ。
ただ、天使の教会の者たちは自らの手で女神を殺すことはできないらしい。それができるくらいなら、 封印が破られるより先に殺されていただろう。彼らの目的は、封印がすべて解けた後に出現する再生の卵だと聞いた。最終封印を解くために、彼らは何かを彼っている。自らの手で為し得ない何かを。
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いつまで待てばいいの?私は早く楽になりたいのに。。。。
「司教」
聞き慣れた声がした。
民音。
首だけを動かして声のほうを見る。
イウヴァルトが赤い目の子供の前にひざまずいている。
「カイムは私にお任せを」
フリアエは、引きちぎられそうな痛みに逆らって身を起にした。
イウヴァルが伺をしようとしているのかわかった。
止めなければ。
イウヴァルは立ち上がると、赤い目の子供に深く一礼した。
声をかけるより先に視線がぶつかり合う。
イウヴァルが手を伸ばしてくる。
「俺は強い」
指先が頬に触れる。フリアエは動けなかった。
「俺は愛を知っている。天使への愛。君への愛」
イウヴァルの赤い目が恐ろしい。その目がゆっくりと近づいてくる。
「君は。。。だれ」
下思議そうにイウヴァルが首を傾げる。なぜ、そんなことを訊くのだろう?まさか。。。。
暗い子感にフリアエは身を震わせる。
「イウヴァル?」
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呼びかけても応えはない。よはり。彼には目の前にいるのが誰なのか、全くわかっていないのだ。
イウヴァルトが小さく頭を振って踵を返す。体を起にしていられなくなって、フリアエは再び寝台に横たわった。
ごめんなさい、とつぶやく。もう何度めになるかわからない、度罪の言葉。兄ともに王宮を出ると決めたそのときから、ずっと心の中で謝り続けてきた。
イウヴァルトに対する気持ちが、単なる幼なじみくの好意でしかないと気づいたそのときから。
初恋だと思っていたのに。
いいえ、違う。
あれは恋なんかじゃなかった。
私の愚かな企み。
隣国から嫁いでいらしたお母さまのように、いつか私に遠う国へ嫁ぐのかもしれないと思うと、悲しかった。
イウヴァルトと結婚すれば、ずっとこの国にいられる。
イウヴァルトとカイム兄さまと私、三人でずった。
幼い日々はいつか去っていくものなのに、それを認めたくなかった。
王宮を去ると告げたとき、イウヴァルトの顔をまともに見られなかった。
嘘をついていたから。
たった一人の家族、そんな言葉でイウヴァルトを、自分自身をも騙した。
たった一人の家族だからついていく。。。いいえ、そうじゃない。
家族なんかじゃないほうがよかった。
兄妹でないほうがよかった。
もしも兄妹でなければ、私は。。。。
なんて罪深いこと!
神は罰を下したのだろうか。
女神の器に値しない者にオシルシを与え、平穏な暮らしを奪った。
それでも自らの罪を悔いるにとなく、ひたすら運命を呪い、恨み続ける愚か者に、神は呆れ果て、さらなる罰を与えた。
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195
忘れようと努めたことを思い出さずにいられないように、残酷な再会を用意した。
にの苦痛も罰なのだろうか。
まだ民りない、おまえの罪はそれほどに重いのだと、そう神は告げているのだろうか。
でも、なぜ私だけが?
私だけじゃないのに。
罪深い人聞なんて、いくらでもいる。その人たちは何事もなく暮らしていけるのに、私一人が罰せられなければならないの?
ひどい。
そんなの許せない。
嫌いよ。
みんな大嫌。
封印なんて知らない。
世界なんて知らない。
何もかも壊れてしまえばいい。
みんな。。。みんな死んでしまえばいい。
心の奥底からわき上がる黒い感情に、フリアエは戦いた。
抑えても抑えても、しつこく頭をもたげてくる憎悪。
怨恨。
自分自身の心であるばがら、耐え難いほど醜い。
いや。。。。助けて。
兄さん。。。私を助けて。
自らに課した戒めを破り、フリアエはひたすら兄を呼び続けた。
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丘陵地帯はまだ分厚い曇に覆われたままだった。
闇色の空下、緑の草原だったはずの大地は見る影もなく焼け爛れている。
せめて空が晴れていれば、ここまで殺伐とした印象は受けなかったかもしれない。
「世界の終わりとは、こんな光景なのかもしれめな」
ヴェルドレが暗澹とした面持ちでつぶやく。
その間にも、助けを求めるフリアエの声が切れ切れに聞こえてくる。
弱々しい声ではあったが、海の神殿よりも明らかに近い。
やはり空中要塞に囚われているのだろう。
にの上か、と重く垂れ込めた込を見上げたときだった。
「この匂いは。。。。やつがいる!」
カイム にもはっきりとわかった。
にの曇の真上にブラックドラゴンが、イウヴァルトがいる。
空中要塞くの侵入を阻むつもりなのか、或いは、にの前の決決をつけようと言うのか。
ーーードラゴソ族でありながら赤い目に甘んじた愚か者よ。恥を知れ!
ドラゴソが怒りの声を上げる。イウヴァルトの一件で、帝国兵たちが生まれながらに赤い目をしているわけではないことがわかった。
帝国を束わる者にからめ取られた証があの目の色だったのだ。
あのブラックドラゴソが俺の両親を殺したのか?それとも、他にも帝国の軍門に下ったブラックドラゴソがいるのか?
「我らが眷属で、闇の色を纏う者は極めて稀。まして人間どもの前に姿を現すとなると。。。。」
ドラゴソは曖昧に言葉を濁したが、おそらく同一のものだと考えて良いということだろう。
父と母を殺したブラックドラゴソが、よりにもよってイウヴァルトの契約手だとは。なんと皮肉たことか。
いや、かえってよかったのかもしれない。これてイウヴァルトに要らめ情けをかけずにすむ。
かつての友を心の底から憎むことができる。
「カイム、私も共に。。。」
ドラゴソが翼を広げるのを見て同行しようとするレオナールを、カイムは手を挙げて押し止めた。
来るた。決着は俺がつける。
しかし、と口どもるレオナールを無視するようにドラゴソが飛び立つ。この辺りの経緯については、レオナールよりもドラゴソのほうがよく知っている。これだけは何も言わなくてもわかってもらえるらしい。黒雲を突き破り、止空へと向かう。
ーーカイムよ、おまえに今の俺を倒すことができるかな。
嘲笑とともにイウヴァルトの声が降ってくる。ようやく雲が途切れ始める。開けた視界の片。隅に、それはいた。右に左にと黒い影が揺れる。速い。
ーーー黒き竜を駆りしイウヴァルト、侮れめぞ。
ドラゴソがうなった。炎が易々とかわされる。黒い疾風だと、あのときも思った。間違いない。あのブラックドラゴソだ。これでイウヴァルトを憎むことができる、敵として思う存分戦える、そう思っていたが、未だ胸の内にわだかまるものがある。